おはようございます~。センノハマ神父さま~。
いやあ、雨ですね。でもさほど寒くはないですね。
世間ではまたインフルエンザがどうとか言ってますからね。人込みには近づかない方がいいっすよ。
え?オイラですか?
オイラは大丈夫っす!
お互い体に気をつけましょうね!センノハマ神父。
ところで、神父様。オイラはあの修道院にいたときオルガンを習っていたでしょ?
そうです、そうです。オイラ小学生の時にピアノを習っていたってことで、ミサで聖歌をオルガンで弾くために年配の女性の先生にオルガンを週に一回習っていたんですよ!
思い出しましたか?
あの先生、今まだ元気なんですか?
そうですね・・・。
オイラあの先生にはすっごくお世話になったと思っているんです。
実はオルガンの練習なんてしていませんでした。
ほら、オイラ修道院でいじめられていたでしょ?
ある時はオイラの教科書やノートに「死ね」とか「バカ」とか書かれていたり。
ある時は寝室のベッドにぎっしり画びょうが敷かれていたり。(寝るとき寝室は一部屋に共同だからすでに寝ている人がいたら迷惑なので電気をつけられない。なので暗闇の中で手探りで画びょうを取り除くことになる。)
ナイフで手のひらを切りつけられたり・・・。
あの時オイラは誰も相談できる相手がいなかったのですよ。
親に電話で「殺されるかもしれない」と言った時も、親は「甘えるな。」とか「息子を修道院に行かせてすぐにやめられたら教会で信者さんたちに顔向けできない」とかの返事だったから。
オイラ我慢していたんです。
もちろん、センノハマ神父さんにも相談しました!
神父さん、本当にオイラのために親身になってくれて、先輩たちを叱ってくれたこと今でも感謝してます!
そのあと、先輩たちから「チクリ野郎」とさらにいじめられるので、毎晩ベッドで震えながら泣きまくっていましたねぇ。
そんなオイラの相談相手がこのオルガンの先生だったんです。
先生はオルガンの練習などそっちのけでオイラの話に耳を傾けてくれました。
別になにか行動をするわけではないけれど、先生がオイラの話を聞いてくれたのですよ。
これはね、神父さん。24時間周りに敵しかいなかったあの当時のオイラにとっては本当に癒しの30分だったんですよ。
オルガンの先生には本当に感謝しています。
もちろんセンノハマ神父様も感謝しています。
そのオルガンの先生がオイラにおすすめしてくれたアーティストがいて、それが、「米米CLUB」と「サザンオールスターズ」なんです。
カセットテープも貸してくれました。
先生は「米米CLUBは下品な歌もあるけど『浪漫飛行』なんか素敵で好きだわ」と、あと、サザンのカセットは『稲村ジェーン』だったです。
だから、この二つのグループバンド好きなんです。
ファンっていうほど詳しくないですけど、米米CLUBやサザンオールスターズの歌を聴くと、当時のオルガンの先生を思い出して、たいそううれしくなるんですよ!
でも、あの地獄の日々があったからこそ、本当に感謝できる人に出会えたと今ではよかったと心から思っていますよ!
あと、オイラの親のあの言動も、ある意味自分の血筋の性質がわかってきた大人になった今なら理解もできますね。だから、まあ恨みもないです。オイラの親だからね。
あの時の神父様やオルガンの先生の寄り添ってくれたことがオイラの力の源でもあります。
ありがとうございます!
平成も終わりますが、オイラ平成に限らず、一番心に深く感謝をしているのはセンノハマ神父やオルガンの先生です。
オイラは中学生3年の夏に修道院を辞めましたが、地元に帰って県立進学高校に入学できたときうれしくて、修道院へいって、オルガンの先生に報告したのですよ!
「ハマサンスくん!おめでとう!先生絶対豊津高校受からないと思っていたのよ!だってあなた、やめるとき偏差値40だったでしょ?あの高校56くらいだったでしょ?だからぜったい無理だと思ったのに、よく頑張ったわね!」
オイラはうれしくて恥ずかしくてちょっとはにかんでました。
そのとき、教室の黒板に頭に矢が3本刺さったアスカの似顔絵を描いて「ヤーヤーヤー」なんていったら、先生は
「あんた、本当にそんなトンチは頭が働くのね。これからも楽しく頑張りなさい」って言ってくれたんです。
神父さま、オイラがんばって生きますよ!
どうも、長い話に付き合っていただいて感謝です!
また、訪れます!
その時は、また昔の話で楽しみましょう~!
では、ごきげんようです!