どうも。こんにちは。こんばんは。
ハマサンスです!
今回はちょっと自分のエッセイを載せたいと思います!
実はわたくし、はてなブログで交流のある会長 (id:kyakyuukokumin) さんの計画しているアンソロジーにエッセイを投稿してみようと思いまして。
通常の方法で会長さんに文章を送ればいいのですが、いかんせん、僕の知識不足、力不足のためXやグーグルを駆使した文章の投稿が難しい有様でして・・・。
なので文章を自分の記事に載せて、これを会長さんに見ていただき、よければコピーしてもらうという段取りで行こうということになりました。
ということで今回の『ハマサンス・コンプリートライフ』は僕のエッセイを載せようと思います!
エッセイって書いたことないし、もともと文章能力や知識もない僕なのでヘンテコな文章になってしまっていると思われます。
そんなエッセイですが、もしよければ、見てやってください。約2000文字です!
ではいきます!
うらあ~~~!!
タイトル:卒業文集
「あんたの部屋めちゃくちゃ散らかっているから、いい加減にヒマなとき家に来て片付けなさいよ!」
母が数年前から、定期的に言ってくる。正直耳にタコだ。
結婚をし実家から出て嫁との生活をはじめてもう17年。現在は実家の隣に住んでいた祖父母が亡くなり空き家になった家を、空き家にしたままではもったいないのでということで、その家で住むようになって10年以上が過ぎた。
嫁が「わたしも手伝うから、一緒に実家のお部屋片づけようよ。」と僕に提案し腰の重い僕もついに観念して実家の自分の部屋を片付けることにした。タハー。
カーテンやベッドの上は飼い猫が頻繁に部屋に侵入して接触していたらしく毛だらけだった。嫁と一緒に汗だくになって片づけをし、数時間で部屋の片づけは終わった。
その片付けの最中、懐かしいものを見つけた。
高校3年生の時の卒業文集である。
その中にはある質問の項でクラスの生徒それぞれが回答を書いたコーナーがあった。
その質問とは次のとおりである。
「これから先の人生設計について確率を用いて述べよ。」
これは、たしか3年生の中間もしくは期末テストの数学の問題で出題された問題であったと思う。クラスの担任の先生が数学の担当だったため、この問題の答えをクラス全員分、文集に載せたということだったと記憶している。
それぞれ回答者の名前は記載してなかったが、僕は悪筆なためすぐに自分の文章を探し当てることができた。僕はいったいどんな回答をしていたのだろうか?まったく内容を憶えていないためややワクワクして文章を読んだ。
文集に載ってあった自分の人生設計は次のように書いていた。
「私が〇〇高校を卒業する確率は、慈悲深い先生ばかりなので100%だろう。僕がリハビリの専門学校に行ける確率は20%くらいだと思う。(一つ目の学校を受けるときは90%くらいと考えていたが)しかしがんばってリハビリ士になる。なってしまったら100%どこかの病院で働けるだろう。自分は性格が悪いので80%長生きできると思う。性格の悪い自分と結婚する女性はかなりできた人だろうから、90%くらい幸せな家庭を築けるだろうと類推する。」
読んでてかなり恥ずかしい内容だ。なんとも自己中心的で自分に酔っている印象がある。よくもまあ、こんな内容の回答を大っぴらに解答用紙に書いて提出できたものだ。しかし、まぎれもなく自分の感性と性格が現れた文章だとしみじみ思う部分も多分にあった。
さて、文章のクオリティはさておき、内容的には今の自分の状況と照らし合わせてみてどうだろうか?人生設計からあまり逸脱してはいないだろうか?
まず、高校はちゃんと卒業した。リハビリの専門学校も6個目を受けてようやく合格した。かなりギリギリだった。高校生の時はリハビリの専門職の名前を知らなかったのだろう。文集の中では“リハビリ士”という表現をしているが、理学療法士のことである。今では「理学療法士の名称も知らないでセラピストを目指していたのか」と失笑を買いそうだが当時はその恥ずかしさにも気づいてなかった。そして結果として理学療法士になれた。僕が入学した専門学校は専門学校としては珍しい4年制であったが、どの学年も見事留年し8年で卒業しなんとか国家試験も合格。こちらもギリギリでなんとか理学療法士になることができた。
そして、4回も留年したおかげで、今の妻と知り合うことができた。これが今現在の自分が思うに一番僕にとって重要なことだと思う。卒業の半年ほど前に告白し交際がスタートし、卒業後もお互いの新人時代の苦労を慰め合いながら過ごした。そして3年後、自分が30歳の時に結婚した。子供は現在4人である。
はっきり言って僕の妻はすごく優しくて笑顔を絶やさない素敵な女性である。僕の母が頼み事や付き合いごとを言ってきても嫌な顔一つせずに付き合ってくれる。まったく怒らないわけではないが人のすることにそれほど反対する性格ではない。子供たちに対しても総じて受け身を徹底している。子供たちに何事かを指示するときも優しく的確に行い、その様子を見ながら、「自分も見習わなければ」という気持ちになる。
僕は47歳までに仕事をしながらうつ病になり、絶望の淵にいた時も妻は何か提案ひとつ指示ひとつするでもなく、だまってそばで僕の話を聞いてくれていた。うつ病になったのは不幸なことであるが、妻が支えになってくれたのは本当に間違いなく幸福なことだったと思う。
特に今の自分の性格が悪いとは思わないが、高校生の時はなにか
恰好つけてそういうことが言いたかったのだろう。ただ、いい人と結ばれたことは確かだ。
ということで、高校生の時の自分に言ってやりたい。
これから先、嫌なことやきついことは想像通りきっちり待っているが、素敵な人がついてくれてるよ、と。
あと文集の最後にあった“類推”という言葉の意味が分からない。が、調べることも差し当たってしない高校時代からまったく成長のない僕なのであった。
以上です!
会長さん、本当に遅くなってしまい申し訳ありません!
拙い作品ですが、よかったら使ってやってください!
最後にこの文集で自由に絵や分を書いていいページがあって、高校生当時の僕が書いたページがこうでした。

こんな僕でも、家族ができて、仕事もできています!
最後まで読んでいただきありがとうございました!
次回からは、またハマクラシー君との会話に戻ります!
さようなら~!